ビクターリベラ
「黒い核弾頭」と異名を取り、ラテン系の明るさを兼ね備え人気を博した。16歳でプロレスをはじめ同郷のペドロモラレスに憧れ1964年ニューヨークでデビューした。
日本プロレスに初来日後昭和48年新日「闘魂シリーズ」に参戦し連射式ドロップキクでかく乱した。1969年TマリノとのコンビでWWWF世界タッグ奪取。1972年12月アーニーラッドからアメリカスヘビー王座奪取。
アメリカスタッグにもパートナーを代え5度獲得している。ロス・カリフォルニアをこよなく愛しロスマット衰退後も当地を離れず、86年当地インディ団体CPW王座奪取し、その後ACCWを設立した。89年同団体消滅とともに引退した。得意技はドロップキックとサマーソルトドロップ。柔軟な肉体にダイナミックな攻めで全盛期、テリーファンク・ジョントロス等を相手にアメリカス王座を防衛していた。